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HABIT

習慣を身につければ世の中の大体の事はうまくいく

みんながみんな一様に「やりたい事を見つけた方がいい」というがそれはそんなに簡単な事ではないはずなんだが...

悩んだ末に

少しだけ何かが見えたような

そんな気がしたような

そうでもないような

でもそれにしがみつくというか

きっかけになればいいなとか

そんなうっすらとぼんやりとした

得体の知れない何か。

 

やりたい事がない

35歳、無職、独身。

そもそもやりたい事なんて一つもない。

過去に何をやりたいか考えようとした事は何度かあった。

でも、いつも見つけられずにすぐにやめてきた。

自分でやりたい事を選ぶなんて自分には出来なかった。

それなりの人にだけ与えられた特権のようなものだと捉えていた。

特に努力もしてきていない、何も考えていないような低俗な自分みたいな人間にそんな選択肢は恐れ多い。

そして、「自ら選択しない」という意思が日本人の古き良き教えである謙虚さだと信じていた。

そうやって自分の正当性を主張してかろうじてバランスを保ってきた。

日本人の美徳という目に見えない足枷に自らを縛り続けてきた。

自分の選択を奪うという事で得られる僅かながらの善。

 

「自分で選択しない」という考えの根幹にあるもの

自分は勝手な人間ではない。

自分は協調性を持っている。

だから、やりたい事をやりたい時にやりたいだけやるなんて事はしない。

自分みたいなものに自由など与えて頂くなんて滅相もない。

 

この倫理観は間違いなく少年時代に身についている。

尖った武器を持つ事よりも、平均的にミスの少ない人間を作り出そうとする学校。

その事が間違っているなんて微塵も疑わなかった。

閉鎖空間で行われ続けている洗脳。

 

そして、これを気付かせてくれたのがロバート キヨサキの「金持ち父さん 貧乏父さん」だった。

 

改訂版 金持ち父さん 貧乏父さん:アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学 (単行本)

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今まで俺は何をしていたんだ!?

こんな事に気づくまでに35年もかかった..。

いや、人生はこれからだ。

  

 

自分の意思すらない

現在、会社を辞めて3か月が経つ。

退職してすぐは放心状態で何をするべきか全くわからなかった。 

そして、気づけばさも自然の成り行きであるかのようにパチンコ店に通っていた。

最初は勝った。

でも、2か月で勝ち分を全て吐き出した。

トントンになった。

そして、疲れた。

 

勤め人の時には、休日は好んでギャンブルをしていたが、いざ好きなだけギャンブルをしていいとなるとすんなり辞められた。

お金が底をついたわけでもない。

 

きっと自分は真正の天邪鬼。

 

 

次のステージへ

そして、本当に何もやる事がない一か月に突入。

最初は何もしない生活で気が狂ってしまうんじゃないかと思っていた。

..そうでもなかった。

 

 

そして、膨大な自由時間の中である事に気付いた。

「自分には意思がない」

 

こんな重要な事を長年、放置してきた理由にようやく辿り着いた。

そのきっかけが朝井リョウの「何者」に出てくる一節。

 

「大学卒業後の就職とか結婚といったイベントはすべて自分の意志で決定していく事になる」

 

何者 (新潮文庫)

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「自分で選択する力」の圧倒的な欠如

自分は学生時代の考えから全く脱却出来ていなかった。

中学校まではみんなと同じように決められた学校に行った。

高校受験に落ちるのだけは絶対に避けたくて自分が受かりそうな高校を選択した。

周りの目だけを気にしていた。

「少し遠くの高校に行って知らない人達とたくさん会ってみたい」という適当な理由を添えて自分の中の正当性を保ちつつ、それっぽくした。

高校が卒業できそうになると勉強をやめた。

勉強が嫌いになったわけではなく、麻雀がやりたくて学校もさぼりがちになった。

 

何かやりたかった。

何かやりたい事を見つけなければと焦っていた。

そして、ファッションの専門学校に行くことを決意する。

でも親からは反対された。

すぐに諦めた。

「あの時、専門学校に行けていれば」という後悔も特にない。

 

なんとなく大学進学

結局、評定平均がクリアしているという理由で大学の指定校推薦を受けた。

受験勉強もしたくなかった。

正確には受験に失敗するというストレスから逃げた。

今思えばこの頃から「選択」から逃げる習慣(HABIT)が始まっていた。

自分が今まで「選択をしない」という楽な生き方を続けてきた代償が今になって自身にのしかかってきたと考えるようになった。

何かしら自分の人生を見つけて走り出した人達は、そういった人生の選択の場面で苦悩してよく自分の人生について考えてきたんだと思う。

ただそれだけの事なんだと思うと少しだけ楽になれた。

 

 

「自分の意思」を知る

圧倒的な自由時間の中で気付いた事は、今の生活を維持するために仕事を早く見つけなければいけないという事よりも「自分の意志」に気づく事だった。

その為には、圧倒的なインプットが必要だと感じた。

読書、インターネット、動画、テレビ、なんでもいい。

とにかく自分の脳みそに情報を与え続けてみようと思う。

その結果、何かが見えてきそうな気がした。

これは、一か月前の自分の感覚には間違いなくなかった。

得体の知れない何かに向かって進むと決めた。