「やさしい人」に出会えて自分の中の何かが変わりそうな予感
求めていた本
なんとなく立ち寄った近所の書店。店舗入り口にうずたかく積み上げられた売れ筋の本を、手当たり次第めくってみるが、どれもピンとこない。それでも、今の自分に必要な本に会いたくて店内を徘徊し続ける。
やさしい人
ハッとした。一瞬、表紙に書かれた題名の文字を文字として認識していない感覚に陥る。自然と目の前の棚に手が伸びていた。もし、本屋において気になる本を見つけた時の動きの模範があるとしたら、その動きはきっとそれに限りなく近いものだったはずだ。
直感を語る人
「あ、自分はこの人と結婚するな」
みたいなコメントをしている人を、テレビで何度か見た事がある。私は未婚であるため、そんな経験はない。しかし、この時は
「あ、自分はこの本を買うな」
と、確信していた。
誘(いざな)われた
とはいえ、私はそんなに後先を考えないで行動できるほど大胆な人間ではない。もちろん、適当に本を買えるほどの経済力も持ち合わせていない。はたまた、宗教関連の洗脳系の本の可能性だって否めない。とりあえず、確認の為に1ページだけ開いてみた。
「やさしい人は、人とふれあって生きている」
今の私には十分すぎる一行だった。よく言い表せないが、ページを開く前にこんな事を書いてあって欲しいなという期待を1ミリたりとも裏切らなかった。なにしろ私はここ2か月まともに人とふれあっていない。そうして一秒とかからずに、私はめでたく「やさしい人」の世界へと誘われた。一瞬、地に足がついてないような不思議な感覚だった。意識が戻った時には既にレジで会計を済ませ、帰路についていた。
胸に刺さる言葉の数々
家に帰って読み始めると、ページをめくる手が止められなくなった。刺さる言葉を一つ一つ大事に噛みしめた。救われた気分と、前に進む勇気で心が満たされた。気付くと4時間ほど経っていた。久々の一気読みだった。
ドッグイヤー
翌朝、目が覚めるとなぜかもう一度読み返していた。今度は、刺さる言葉にピンクの蛍光ペンでアンダーラインを引いた。そして、そのページの端を折った。本はドッグイヤーのせいで厚みを一割ほど増した。
幸せになるために
幸せになりたかった。物心ついた頃から幸せを追い求めていた。でも幸せが何か分からなかった。
幸せになるために必要なのは「本当のやさしさ」
表紙にはこう書かれている。
多分そんな気はしていた。やさしさが善である事は分かっていた。きっと地球の裏側か宇宙の果てのどこかあたりで幸せとやさしさは繋がっているものだと勘ぐっていた。それなのに、大人になって何かに追われ続ける日々の中で「やさしさ」から遠ざかってしまっていたような気がする。きっと、この「何か」の正体が分かれば幸せになるヒントを掴めるはずだ。
自分の幸せについて、もう一度じっくり考えてみようと思った35歳の春。